
華やかに見えるデパートの化粧品売り場。そこでは今日も、美とプライドをかけた静かな競争が繰り広げられています。
コミックエッセイ『デパコスカウンターは今日も修羅場です ~BA下剋上物語~』は、売上至上主義の“カウンターのお嬢”こと桜城まち子を中心に、客の横取りや売上操作疑惑など、売り場のリアルをコミカルに描いた作品です。

数字で評価される世界でトップに立ち続けるお嬢。しかしその強引な手法に、同僚たちは疲弊していきます。
こうした行為は、現実の職場ではどこまで許されるのでしょうか。また、BA(ビューティーアドバイザー)の勢いに押されて商品を購入してしまった場合、消費者はどのような救済を受けられるのでしょうか。私たちが働く側・買う側として知っておくべき法的な視点を、弁護士に聞きました。
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【ストーリー】

クレシアン海袋店で“カリスマBA”として君臨してきたお嬢。売上は常にトップ。その実績によって、売り場では確固たる存在感を放っていました。しかし、新人BAの花巻梨帆が入社したことで、空気は少しずつ変わり始めます。
当初はお嬢が教育係となりますが、梨帆は自分なりの接客スタイルで顧客と向き合い、徐々に周囲からの信頼を得ていきます。やがて売り場全体の雰囲気も変わり、チーム全体で売上を伸ばす流れが生まれていきました。これまで結果で評価されてきたお嬢にとって、その変化は大きな揺らぎとなったのです。
そして物語の大きな転機となったのは昇級試験。レポート提出を控え追い込まれたお嬢は、取り返しのつかない選択に踏み出してしまうのです…。
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“競争”の名の下で起きていたこと

お嬢は“押し売りのお嬢”というあだ名で呼ばれるほど、強気な接客スタイルで知られていました。購入に迷う顧客に畳みかけるように商品を提案し、その勢いに押されて購入してしまう様子がコミカルに描かれています。売上につながりそうな顧客を優先して接客し、他のスタッフが対応中の顧客にも割って入る場面も…。

また、売上が見込めない返品希望の顧客対応については「今は忙しい」と新人の梨帆に押しつけ、自らは購入見込みの高い客を選ぶなど、いわばやりたい放題。売上実績を背景に売り場で強い発言力を持ち、後輩や同僚が意見しづらい空気が生まれている点も印象的です。
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こうした振る舞いは、単なる営業努力や競争の範囲と言えるのでしょうか。それとも、職場内のハラスメントや消費者トラブルとして問題になる可能性があるのでしょうか。
弁護士に聞く:売上至上主義が招く問題とは?職場と売り場の法的整理

売上を競うこと自体は、営業職や販売職において珍しいことではありません。しかし、その過程で同僚の機会を奪う、事実上抵抗できない関係性の中で圧力をかけるといった行為があれば、それは単なる競争では済まない可能性があります。
また、顧客に対して強い勧誘を行い、「断りづらい状況」の中で購入に至らせた場合、消費者保護の観点から問題になることも。職場内の力関係と、販売現場での力関係。作品内で描かれた出来事を手がかりに、法的観点から整理します。
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今回お話を伺ったのは、弁護士法人プロテクトスタンス所属の金岡紗矢香(かなおか さやか)さん。接客・販売現場で起こり得るハラスメントの問題について解説していただきました。
──作品内では、職場での「お嬢」の振る舞いに同僚の皆が疲弊している様子が描かれています。顧客への販売のチャンスを奪う、接客をさせないといったことは何らかのハラスメントにあたるのでしょうか。
金岡さん:「お嬢」の振る舞いは、具体的な態様や継続性によっては、パワーハラスメント(いわゆるパワハラ)に該当する可能性があります。
厚生労働省のパワハラ防止指針では、①優越的な関係を背景として行われ、②業務上必要かつ相当な範囲を超え、③就業環境を害する言動がパワハラに当たるとされています。
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たとえば、売上実績や職場内での影響力を背景に、他の従業員が事実上抵抗しにくい関係が形成されている場合、「優越的な関係」と評価される可能性があります。また、特定の従業員に接客機会を与えない、顧客を不当に独占する、人格を否定する言動を繰り返すなどの行為は、態様や継続性によっては業務上の指導の範囲を超え、就業環境を害する行為と判断されることもあり得ます。
もっとも、営業成績を競い合うこと自体は直ちに違法となるわけではなく、あくまで具体的な事実関係にもとづいて総合的に判断されます。
職場でのハラスメントに悩んでいる場合は、記録やメモを残したうえで、社内の人事部門や相談窓口、労働組合などに相談することが第一歩です。それでも改善が見込めなければ、労働局の総合労働相談コーナーや弁護士など外部の専門家への相談を検討してもよいでしょう。
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──「お嬢」はやや強引な接客スタイルから「押し売りのお嬢」と呼ばれていて、お客さまが勢いに押されて商品を購入してしまう様子が描かれています。現実の世界で、デパートのカウンターでほしくもないものを購入してしまった…という場合、泣き寝入りするしかないのでしょうか?
金岡さん:デパートの店頭での販売は、原則として特定商取引法上の「訪問販売」には当たらないため、いわゆるクーリング・オフ制度の対象外となるのが通常です。そのため、単に「勢いで買ってしまった」というだけでは、当然に無条件で返品・解約できるわけではありません。
もっとも、勧誘の態様によっては、消費者契約法にもとづき契約を取り消せる可能性があります。たとえば、事実と異なる説明を受けて誤認した場合(不実告知)や、退去妨害など断りにくい状況が意図的に作出されたなど、困惑した状態で契約したような場合は、取消しが認められる余地があります。
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ただし、営業担当者の説明がやや強引に感じられたというだけで直ちに違法となるわけではなく、勧誘の具体的な内容や状況が重要になります。
強い勧誘を受けたと感じた場合は、即断せずに「検討します」と伝えて一度離れることが大切です。万が一購入してしまっても、レシートや当時のやり取りを記録したうえで、まずはデパートの顧客窓口やブランド側に事情を説明し、返品や対応を求めることが考えられます。
この点、取り消しの立証責任は消費者側にありますので、録音や証人のない口頭説明の店頭販売ではハードルが高くなりがちです。そのため、もし解決が難しければ、消費者ホットライン「188(いやや)」に電話することで、近所の相談窓口を案内してもらうこともできます。一人で抱え込まず、早めに相談することが大切です。
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売上と正義は同じではない――働く側も買う側も知っておきたいこと
売上を上げることや顧客に積極的に提案することは、販売職にとって重要な役割です。しかし、その方法が同僚の就業環境を害したり、消費者を困惑させたりするものであれば、法的問題へと発展する可能性があります。
重要なのは、競争と優越的立場を利用した圧力との違いを見極めること。職場で違和感を覚えたときは、やり取りや事実関係を記録し、社内の相談窓口や労働局など外部機関に相談すること。強い勧誘を受けたと感じたときは、その場で即断せず一度離れ、必要に応じて消費者ホットラインに相談することも選択肢です。
華やかな売り場の裏にある力関係は、フィクションの中だけの話ではありません。働く側も、買い物をする側も、知識と冷静な判断を持つことが、自分を守る第一歩になるでしょう。
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【金岡紗矢香さんプロフィール】
金岡 紗矢香(かなおか さやか)/弁護士法人プロテクトスタンス
弁護士・行政書士。国内大手飲料メーカーの勤務を経て、弁護士資格を取得。浮気・不倫といった男女トラブルや離婚問題、刑事事件、借金問題、セクハラ・パワハラなどの労働トラブル、相続手続きなど、さまざまな分野に精通し、女性からの法律相談に幅広く応じている。現在、2児の母親として子育てにも奮闘中(第一東京弁護士会所属)。
文=たまみ
アパレル・医療職を経て、現在はウェブライターとして活動中。3人の子どもを育てながら、20年近く仕事と子育てを続けています。家事も仕事も完璧にはできないけれど、「がんばりすぎない」を合言葉に日々奮闘中。慌ただしい毎日の中で見つけた小さな気づきや工夫を、等身大の視点でお届けします。
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