
育児に積極的に参加する父親も近年増えてきました。
だけど一歩間違うと、頑張れば頑張るほど妻の不満に繋がってしまうことも…?
自分と他人との間に生じる「認識のズレ」をテーマにした短編漫画で注目を集める漫画家・理系女ちゃん(@rikejo_chan)。SNSで発表した「先輩は綺麗な人だった」の投稿が話題を呼び、オムニバス短編集『あなたの正義 わたしの絶望 ~その「主観」が毒になる時~』の電子書籍化に至りました。
今回はその作品集の中から、ある夫婦の物語をご紹介します。自他ともに認める「イクメン」の夫ですが、夫の姿を妻の視点から見ると…?
『「イクメン」は常識』あらすじ


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まだ世間的には育休が一般的ではなかった頃、娘の成長を一番近くで見守りたいと思った父親は育休を取って家事育児に積極的に参加しました。



娘の成長を記録したくてブログをはじめ、読者からの共感を得ることも。また習い事の父母会にも参加し、運営のデジタル化によって効率化を図り、他の母親からも頼られるようになりました。




やがてブログがきっかけで取材や講演依頼が来るようになり、父親の育児参加が増えて欲しいという思いを伝える活動をするようになりました…。
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一方、そんな夫を持つ妻は「自分は恵まれている」「感謝しなくてはいけない」と思いつつも、その表情は曇っていました。家事も育児も妻のお膳立てがあってのこと。ブログに掲載する見栄えのいい料理を作る夫ですが、その後片付けをするのは妻。娘をお風呂に入れるのは夫ですが、浴槽掃除も風呂上がりの準備もすべて妻の作業…。

娘の習い事の父母会で張り切る夫は、他の母親たちに煙たがられていることにも気づいていない様子。正直迷惑ではあるものの、「そのおかげで育児とキャリアを両立できている、不満なんか言ったら罰が当たる」と飲み込んでいました。

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ある日、夫のブログには「結局奥さんが全部フォローしてる」「厄介者」などのアンチコメントがついていました。妻は「ひどいね…気にする必要ないよ」と優しく慰めます。

しかし、実はこっそり夫のブログのコメント欄にアンチコメントを書きこんでいるのは、妻本人だったのです。
夫婦のすれ違いと闇を描いたこのエピソードについて、著者の理系女ちゃんにお話を伺いました。
夫婦関係で起きるズレには、どちらにもそれぞれの問題がある
──夫婦間での「認識のズレ」を描いた本作。友人や同僚よりも近いはずの“夫婦”という関係性の中で生じるズレを題材にした理由を教えてください。
理系女ちゃん:本来いちばん深い人間関係になり得るにも関わらず認識の齟齬によって関係が破綻する夫婦を見てきたからです。恋愛や結婚の形は時代とともに変わっていますが、結婚すれば多くの場合は一緒に暮らし、子どもができれば共同で育てることになります。しかし、生活レベルで強く結びつく関係だとしてもお互いをちゃんと見ているか、気持ちや負担を理解できているかは別問題です。そしてそのズレは、子育てのような重要かつストレスのかかる状況で一気に表面化しやすいように思います。
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そこで夫婦という関係の中で起きるズレを漫画で描くことで、「自分は相手をちゃんと見ているか?」と最初の段階で意識してほしい、という思いが出発点でした。




──夫は「イクメン」のつもりでも、妻は「迷惑」「不十分」と感じています。このズレはどうしたら解消できると思いますか。
理系女ちゃん:作中の夫は、妻よりも外からの評価を基準に自分を見てしまっています。一方で妻は不満を抱えながらも、それを直接言えずに溜め込んでしまう。どちらか一方だけが悪いというより、夫婦どちらにもそれぞれの問題があります。
解消のためには、やはり対話が必要です。「何がつらいのか」「何をしてほしいのか」を具体的に共有しないと、善意の行動すらすれ違いになってしまう。遠回しな批判や第三者を介した伝え方ではなく、当事者同士で話すことが大事だと思っています。
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──前半だけ読むと理想的な夫・父親に見えました。まさか妻があんな風に感じているなんて…。彼のキャラクター設定(セリフや見た目など)を考えるうえで、特に気にした点を教えてください。
理系女ちゃん:一見すると理想的な父親に見えるようにしたことです。実情を知らない他人や本人からすると子ども思いのいい父親に見えるように物語の前半では描いています。しかしその内側には、「自分はできているぞ」と思いたい気持ちや、他人からの評価に慢心している部分もあります。SNS等で人生を「物語化」することが多くなった時代、子育てする自分や子どもを人に知ってもらいたいという気持ちは珍しくないものだと思います。
子育ては本来、親が脇役になる作業です。それにも関わらず「子育てをする自分」に少し酔ってしまう人、として彼を描きました。後半では彼には見えていなかった部分を妻の視点から描くことで、読者がもしかしたら自分も同じようなことをしていないかと考えられるようなキャラクターとして描きました。
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──「何もしない夫」であれば文句を言いやすいですが、本作の夫は「善意」からこれらの行動を起こしています。その結果、妻も何も言えない…という展開が印象的でした。本作を通して読者に伝えたいこと・考えてほしいことを教えてください。
理系女ちゃん:人間関係において大事なのは「主観」と「客観」のバランスであり、最終的に優先されるべきなのは“当事者同士の納得”だということです。
作中の夫は、「本当に家庭にとって最適か」という視点で自分を見直す、いわば自分を客観視する力が不足しています。逆に妻は、自分の中にある「しんどい」「足りない」という主観を感じているのに、「他の家庭よりはやってくれている」という比較や世間の基準を優先してしまい、その感覚を表に出せない。つまりこちらは、自分の主観を大事にできていない状態です。
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しかし夫婦関係は、世間に評価されるための関係ではなく、当事者二人が生活を共にする共同体です。本来の基準は、「世間的に正しいか」ではなく「二人にとって納得できるか」であるべきだと思っています。もちろん、どちらかの主観だけを押し通すのは問題です。だからこそ必要なのが、主観を出し合い、それを互いに客観的に見直しながら擦り合わせる作業です。この作品では、その作業をしないまま外部基準や遠慮に頼ってしまうと、善意ですら関係を傷つけることがある、関係が破綻してしまう、という点を考えてほしいと思い描きました。
──本作のどのエピソードについても言えることですが、登場人物に「悪意」を持った悪役がいないのに「被害者」が生まれてしまうという構成になっています。登場人物の設定を考えるうえで特に意識したことなどはありますか?
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理系女ちゃん:「自分も同じようなことをしていないか」「こうはなりたくないな」と思えるような、少し認知の歪んだキャラクターにすることを意識しています。
* * *
夫を優しく慰めながら、裏ではSNSに本音の「アンチコメント」を書き込んでしまう妻。
そんな衝撃的な結末は、お互いに向き合うことを諦めてしまった夫婦の、少し切ない行き止まりの姿なのかもしれません。
「周りのパパよりやってくれているから」「感謝しなきゃ罰が当たる」。
そうやって自分のモヤモヤに蓋をして、世間の基準やSNSの評価に合わせて無理に笑っていませんか?
子育てや家事の正解は、SNSの中ではなく、目の前のパートナーとの納得感の中にあります。
もしこの物語を読んで胸がチクリとしたら、それは「もっと自分たちの本音を大切にしていいんだよ」というサインかもしれません。
完璧な「物語」を作るよりも、今日あった小さな出来事を等身大の言葉で話し合える、そんな関係をもう一度見つめ直してみませんか?
※敬称を含むペンネームのため、本来は「理系女ちゃんさん」となりますが、本文中では読みやすさを優先し「理系女ちゃん」と表記しています。
取材=mk/文=レタスユキ
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