
「うちの春樹は最高の息子」――名門校に進学し、反抗期もなく、まっすぐに育った自慢の息子。母親にとって、それは誇りであり、努力の証でした。しかし同じ家庭の物語を、息子の視点から見ると、まったく違う景色が広がります。
コミックエッセイ『あなたの正義 わたしの絶望 ~その「主観」が毒になる時~』は、“同じ出来事でも視点が変わると真実が揺らぐ”ことを描いた作品集です。第1話は、以前Xで10万いいね!を獲得した漫画のリメイク版としても話題になりました。
本作は、自分と他人との間に生じる「認識のズレ」をテーマにした7つの短編を収録。今回取り上げる第3話『最高の息子』では、親子関係における「正しさ」と「支配」の境界線が描かれます。
母の“正義”は、なぜ息子を追い詰めてしまったのでしょうか。
【ストーリー】

物語はまず、母親の視点から始まります。
3歳で小学校2年生の算数問題を解いた息子を見て、母は「この子は天才だ」と確信します。自分たちは高学歴ではない。だからこそ、才能をつぶしてはいけない。そう考え、夫を説得して進学塾へ通わせます。春樹は有名中高一貫校に合格。反抗期もなく、まっすぐに育った“理想の息子”。母にとっては誇りそのものでした。
続きを読む

しかし、息子の視点に切り替わった瞬間、景色は一変します。
物心ついたころから勉強漬け。80点を取れば「家から出ていって」と叱責される。ゲームの話をすれば「そんなことより勉強しなさい」。友だちを家に呼べば「遊ぶ時間があるなら勉強しなさい」と怒鳴られる。スマホのメールアドレスもパスワードも、すべて母に申告するルール。

大学生になった春樹は、母の知らない裏アカウントで出会った“レナ”という女性に救われます。「今日も母に文句言われて…」「早く就職してひとり暮らししたい」初めて弱音を吐けた相手。
しかし物語のラストで明かされる“レナ”の正体は、あまりにも衝撃的なものでした…。
心理カウンセラーに聞く:それは“愛”か、それとも“支配”か

親子関係における過干渉や支配は、どこから始まるのでしょうか。
臨床心理士・公認心理師として精神科に勤務しながら、コミックエッセイストとしても活動する心理カウンセラー・白目みさえさんに話を伺いました。
白目さんは『子育てしたら白目になりました』など、母の日常をユーモラスに描く作品でも知られ、現場で数多くの親子の相談に向き合い続けています。
続きを読む
――物語後半、息子は母親との関係に苦しんでいるようでした。このように親との関係に悩む子どもからの相談は多いのでしょうか。
白目さん:私は現在、成人を対象とした精神科で働いていますが、特に近年、10代〜30代の若い世代から受ける相談の多くに「親子関係」が背景として見えてきます。心理検査などで親から話を聞くこともありますが、親から聞くと「良い親」に見え、子どもから聞くと「毒親」に見えているというパターンも珍しくありません。
明らかなネグレクトや心理的虐待がある場合もありますが、それ以上に多いのは、「大きく間違っているわけではないけれど、じわじわと子どもの心を狭めていく」関わりです。本編にもあるように、「期待が重い」「何を言っても否定される」といった感覚を抱えたまま大人になり、息苦しさへとつながっていくケースは少なくありません。
特徴的なのは、「親を悪く言ってはいけない」という葛藤を同時に抱えていることです。金銭的に困っていたわけでもなく、感謝もあり、愛情であることも理解している。だからこそ苦しい。白黒では割り切れない関係性に悩む声は、確実に増えてきているように感じます。
――逆に母親側から「子どもが言うことを聞かない/勉強をしない」という趣旨の相談を受けることもあるかと思いますが、“教育熱心”と“教育虐待”の線引きはどのように判断するのでしょうか。
続きを読む
白目さん:母親側から「子どもが言うことを聞かない」「勉強をしない」といった相談を受けることはあります。というか、私自身も母親なので、その気持ちに思い当たることしかないのですが。また、家では手を焼いているのに、周囲からは「良い子ですね」と言われて「あんなに宿題をしていないのに…?」と戸惑うこともあります。
「教育熱心」と「教育虐待」の線引きは、とても繊細です。塾に通わせていても、「環境を整えて任せている」場合もあれば、親の不安や期待が前面に出てしまう場合もあります。大きな違いは、「子どもの気持ちが尊重されているかどうか」だと思います。
私が大切にしているのは、「お子さんは何と言っていますか?」「どう思っていると言っていましたか?」と尋ねることです。ここで重要なのは、「実際の言葉」で聞くこと。「できると思うはず」「わかっているはず」といった推測ではなく、子どもが本当に口にした言葉を確認するのです。
教育虐待に近づいているケースでは、この問いに具体的な言葉が返ってこないケースが多く見られます。熱心さそのものではなく、子どもの主体がそこにあるかどうか。その視点が、ひとつの判断材料になるのではないでしょうか。
続きを読む
――息子のメールやSNSも管理していた母親。このような過干渉/支配的な行為は、どのような心理構造によるものなのでしょうか。
白目さん:息子のメールやSNSまで管理する母親の行動は、「支配欲」や「子どもを信じていない」と語られがちです。しかし実際には、もう一段深いところに「母親自身の強い不安」があります。子どもが傷つくこと、失敗すること、間違った選択をすることに、親の側が耐えきれないのです。
私自身、過去に子どもが大きな挑戦に向き合った際、自分が受ける以上に情緒が揺れました。これまでさまざまな挑戦や試験を経験してきたからこそ、うまくいかなかったときの絶望や痛みも知っています。そのため、子どもが同じ思いをする可能性を想像すると、苦しくて仕方がありませんでした。成長の過程だと理解していても、わが子が泣いたり傷ついたりする姿を見たくないと思うのは、親として自然な感情だと思います。
しかしその「不安」に加えて、「良い親でいたい」「子育てを失敗したと思われたくない」という思い込みが強くなると、「監視」や「管理」といった極端な行動につながってしまうのではないでしょうか。子どもを守ろうとする気持ちが強いほど、「これは正しい」という確信も強まり、結果として子どもの自由を奪ってしまう。そんな逆説が描かれているように感じました。
続きを読む


――母親は自分が「毒親」である自覚はないように見えます。このように無自覚で支配的な親にならないためには、どのようなことを意識すると良いでしょうか。
白目さん:そもそも母親自身に「毒親」という自覚があるケースはほとんどありません。「虐待」のように明確な問題があると判断される場合を除けば、多くは「良かれと思って」が出発点です。親にとっては「支配している」「管理している」という感覚よりも、「守っている」「導いている」「失敗させないようにしている」という意識に近いことがほとんどです。
つまり「正しいことをしている」「親として理想的である」という思いが強いほど、自覚しにくいのです。しかしそれが、子どもにとっては「選ぶ余地がない」「気持ちを聞いてもらえない」という息苦しさにつながることがあります。
無自覚な支配を防ぐためにできるのは、シンプルに「今、毒親になっていないだろうか」と時々自分に問いかけることだと思います。子どものためと言いながら、自分の安心を優先していないか。自由を制限しすぎていないか。立ち止まって考えるだけでも、大きなブレーキになるのではないでしょうか。
続きを読む
――母親は息子の恋愛面も管理しようとしています。本作の場合「真実」は不明ですが、母親が息子をまるで恋人のように扱っているケースは往々にしてあるのでしょうか。
白目さん:母親が息子をまるで恋人のように扱うケースは、決して多いわけではありませんが、時折見られます。はっきりと「息子が大好き」「私が一番の理解者」と言葉にする人は少なくても、息子の話をしているのに「まるで夫や彼氏のことを話しているようだな」というような印象を受けることはあります。
背景にはいくつかの要因がありますが、そのひとつに「母親が孤立してきた経験」があります。父親が物理的に育児に参加していたかどうか以上に、母親が追い詰められたときに相談相手になってくれなかった、味方になってくれなかったという体験が影響することがあります。その結果、「自分しかこの子を守れない」という思いが強まり、母子の結びつきが過度に密着していくケースもありました。
本来、子どもは守る対象であると同時に、やがては離れていく存在です。しかし母親側に消化できなかった孤独や不安があると、その距離を取ることが難しくなります。息子を守ることが、いつの間にか自分の支えにもなっているという構造に変化していると、このような「親子を超えた結びつき」になってしまうこともあるのではないでしょうか。
続きを読む
――実際に、親の過干渉が原因でトラブルになった事例の具体例を教えてください。
白目さん:結婚や自立の場面だけでなく、支援の過程で影響が見えることもあります。たとえば、お子さんが成人であっても付き添いを希望される親御さんはいます。カウンセリングが進み、子どもが親との関係を語り始めた頃から、通院に強い不安を示すこともあります。「どうせ私の悪口を言っているのでしょう」といった言葉が出たり、子どもが「母のことを話そうとすると冷や汗が出る」と打ち明けてくれたりすることもあります。中には、親が予約をキャンセルし、支援が中断してしまうケースもあります。
もちろん、そこに悪意があるとは限りません。多くは、自立しようとする子どもの姿に触れたときの「家族が壊れてしまうのではないか」という恐れや、「自分が否定されるのではないか」という不安からくる行動でしょう。ただ、親子の距離が近すぎる場合、子どもが自分の気持ちを整理する過程そのものが脅威に感じられてしまうことがあります。
そのためカウンセリングの場面では、親を排除するのではなく、親の不安にも目を向けながら、子どもが安心して自分の言葉を持てる環境をどう守るかが重要になります。親子それぞれの立場を尊重しつつ、距離の取り方を丁寧に整えていくことが求められるのだと感じます。
続きを読む

――本作の息子は小学生の頃に母親の態度に疑問を抱いたものの、社会人になるまで逃げることも反抗することもしていません。母親からの心理的虐待を受け入れているという見方もできますが、これはどのような心理構造なのでしょうか。
白目さん:今回のお話を読むと「学習性無力感」という概念が浮かびます。心理学では、逃れられない不快な刺激を繰り返し受けると、やがて回避できる状況になっても行動を起こさなくなる現象が知られています。何度挑戦しても状況が変わらない経験が続くと、「どうせ無理だ」という前提が心の中に固定されてしまうのです。
第三者は「逃げればいい」と言うでしょう。私もそう思います。しかし実際には、彼も何度か心理的に距離を取ろうとした可能性があります。自立しようと動いたときに、「見捨てるのか」「私はもう生きがいがない」といった強い反応が返ってくれば、罪悪感や責任感が先に立ち、足が止まってしまうこともあります。大人になっても、長年染み込んだ関係性から抜け出すのは簡単ではありません。
まず重要なのは、「自分が感じている息苦しさは大げさではない」と認めることです。そして、親を否定することと、自分の人生を守ることは別の問題だと理解すること。サポートとして有効なのは、家族から距離を取った安全な場所で、自分の感情や考えを整理できる環境です。信頼できる第三者との対話を通して、「選んでいい」という感覚を少しずつ取り戻していくことが、抜け出す第一歩になると思います。
続きを読む
「最高の息子」は誰のためだったのか?善意と支配の境界線
この物語が突きつけるのは、「正しい親」であることと、「子どもを尊重すること」は本当に一致しているのか、という問いです。
母の行動は、一見すると教育熱心で、息子思い。けれど視点が変わると、その“正しさ”は別の輪郭を帯び始めます。
『あなたの正義 わたしの絶望 ~その「主観」が毒になる時~』は、善意と支配の境界線を問いかける作品です。同じ出来事でも、視点が変わると世界は反転する。あなたの“正しさ”が、誰かの負担になっていないか――今一度、振り返ってみても良いのかもしれません。
【白目みさえさんプロフィール】
臨床心理士・公認心理師。心理カウンセラーとして精神科に勤務。漫画家としても活動。近著「子育てしたら白目になりました」が好評。
文=たまみ
アパレル・医療職を経て、現在はウェブライターとして活動中。3人の子どもを育てながら、20年近く仕事と子育てを続けています。家事も仕事も完璧にはできないけれど、「がんばりすぎない」を合言葉に日々奮闘中。慌ただしい毎日の中で見つけた小さな気づきや工夫を、等身大の視点でお届けします。
記事一覧に戻る