
大地震が来ても「避難所に行けば、なんとかなる」――そう思っていませんか?
赤ちゃんやペットの世話、介護、生理、アレルギー……もしもの大震災のとき、避難所に行けない状況は多々あります。15年前の東日本大震災のときにも、「在宅避難者」たちには支援の手が届きにくく、過酷な現実がありました。防災士としても活動するアベナオミさんの著書『今日、地震がおきたら』は、その知られざる「家の中の被災生活」を克明に描き出したコミックエッセイです。
本作には、想像を絶する「トイレ」の問題、調理の工夫、そして子育て世帯を襲う「暇」という敵など、マニュアル本には載っていない教訓が詰まっています。生き延びるための実践的バイブルとして、この作品に刻まれた在宅避難のリアルを紐解きます。
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『今日、地震がおきたら』あらすじ
2011年3月11日、午後2時46分。
いつもと変わらない金曜日の午後に、日本を未曾有の大地震が襲いました。

仕事の移動中だったアベさんは、なんとか自宅アパートに帰宅します。しかし室内は棚から物があふれだし、窓の鍵はすべて外れ、足の踏み場もないほどに散乱していました。幸い家族は無事でしたが、翌朝には電気・水道・ガスがすべて止まるという厳しい現実が待っていました。

1歳7カ月の息子が抱えるアレルギーと喘息という持病を考慮し、一家は避難所ではなく自宅に留まる道を選びます。しかし、そこにはテレビに映る避難所の様子とは異なる、地味で、しかしあまりに過酷な「日常」が横たわっていました。

特に深刻だったのは、「水の使えない生活」への対応です。
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トイレの水を流すためのタンクをいっぱいにするため、使った水であっても残らずバケツに貯めました。さらに、わずかな水で歯を磨き、洗濯を控えるなど、一滴の水も無駄にできない緊張感が続きました。

食生活においても、生き延びるための「調理の工夫」が繰り返されます。電気が復旧して以降は電子レンジを駆使してつくった「温かい食べ物」がいかに心身の支えになるかを痛感させられます。

幼い息子への対応も難しい問題でした。
命をつなぐための貴重な食事。それを差し出しても、環境の変化によるストレスからか、息子は手をつけないこともありました。夜になれば、震災の恐怖を映し出すかのように激しい夜泣きが始まることも。

止まない余震、そしてネットに氾濫する根拠のないデマ。どれだけ不安に押しつぶされそうになっても、目の前には守るべき小さな命があります。自分を律し、一歩も引けない孤独な戦い。アベさんは、「自宅」という閉鎖された空間で、見えない恐怖と対峙し続けるのでした……。
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この作品を描いたアベさんに、在宅避難での体験や災害への備えについて伺いました。
在宅避難でもっとも大変なのは「トイレ問題」
――この作品は在宅避難の実体験を描いたものですが、ライフラインが止まった状態での在宅避難の様子は想像以上に大変そうだと感じました。困ったことはたくさんあったかと思いますが、あえて一つ、もっとも大変だったことを挙げるとしたら何でしょうか?
アベナオミさん:ダントツでトイレです。
停電や物資不足、断水生活も被災生活のほとんどは我慢と工夫でどうにか乗り越えることができました。が、トイレだけはどうにもなりませんでした。
水が流れないということは、自分が排泄したものを処分すらできないのだと痛感。「小」は流さず「大」の時だけ流すルールにしましたが、流れないトイレを家族と共有するのはものすごいストレスでした。
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特に、私は震災直後に生理が来てしまい共有も難しい状態に…。当時は近くに雑木林があるような環境でしたが、もしも都市部だったらどうしていたんだろうと思います。
当時、多くの家庭は1日1回程度トイレにバケツで水を流してしのいでいましたが、震災後の取材で、津波が下水処理施設も下水管も破壊したため、内陸の住民が流した汚水が津波被災地で漏水していたことを知りました。現在は、十分な量の非常用トイレを準備して、断水&二次災害対策をバッチリ固めています。
家にあるものすべてが、地震で凶器になる
――在宅避難での被災生活を振り返ってみて、「これだけは知っておいたほうがいい」と痛感した知恵や教訓はありますか?
アベナオミさん:「家にあるものすべてが、地震で凶器になる」ことです。我が家は震災当時、割とモノが多めの生活をしていて、観葉植物や、かわいい動物の置物、写真立てなどの雑貨がたくさんあったのですが、そうしたものは地震の揺れで落ちました。
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キッチンカウンターに並べてあったサボテン達は全部落下して、床にはちくちくのサボテン、飛び散った土、割れて粉々になった植木鉢が散乱。おしゃれな外国製のビールの空き瓶なんかも飾っていましたが、全部割れました。

ほんとーーーーーうに片付けるのは大変でした。ミニマリストのような何もない生活とまでは行かなくても、少しスッキリした生活が、大地震の時の怪我のリスクを減らします。どうしても飾りたいモノがあれば、落下防止の滑り止めなどで対策を。
ちょっとした小物入れ、コーヒーや茶葉を入れる容器は割れない素材にするだけでもOK。「落ちたら割れるもの」を少しずつ減らしていくと、防災につながります。
マンションと戸建てでも違ってくる「災害への備え」
――地震への備えについて伺いたいのですが、マンション住まいや戸建てなど、住環境によって優先すべき備えは変わるのでしょうか?
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アベナオミさん:まずはマンションの場合をお話しますね。
重要視しているのは住んでいる場所の高さです。停電でエレベーターがストップしてしまった場合、マンションでも1〜9階の一桁台の階の方は、非常用階段を使用して地上との行き来は1日に何度かできるかと思います。
それ以上、さらにタワマンなどの30階を超えるような高さにお住まいの場合は、地上を行き来することは大変な苦労になると思います。高層階の住民こそ食料・飲料水・非常用トイレのストックは多めに。長周期地震動で大きな揺れにも注意が必要なので、家具固定も忘れずに。
地上に近い階の場合、気をつけるべきは上層階からの漏水です。地震の揺れで下水管などが破損し、低層の階では下水が溢れる危険があります。マンション全体で、大地震の際は安全が確認されるまでトイレは流さず非常用トイレを使うなどルール決めがされていると理想的ですね。
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――戸建ての場合はいかがでしょうか。
アベナオミさん:戸建ての場合は、立っている土地の特性をよく調べて備えます。ハザードマップを確認し、揺れやすさ・浸水リスク・土砂災害リスク・液状化リスクがないか見ます。自分が一番備えなければならない災害を見極めることが大切です。
下町のような古い木造住宅が密集する住宅地の場合は、火災にも注意しましょう。リスクを確認したうえで、避難優先か在宅避難優先かを判断し、防災対策を進めていきましょう。避難優先なら持ち出しバッグを、在宅避難なら自宅に留まる準備(トイレや飲料水、カセットコンロなど)を進めておきましょう!
どちらの住まいにしろ、建物が倒壊しそう、火災が起きているなど、命の危険を感じるような場合はすぐに避難所へ。命を守る行動は一緒です。
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小さな子どもがいる家庭は、「お出かけバッグの中身」の延長で備える
――レタスクラブの読者には子育て中の方も多くいらっしゃいます。お子さんがいらっしゃる家庭にとって、特に意識しておくべき「心のケア」や「備蓄の工夫」はありますか?
アベナオミさん:乳幼児はなるべくいつもと同じお世話ができる準備を。子連れで遠出する時に必要な「お出かけバッグ」の中身の延長線だと思って備えておきましょう。オムツは支援でもらえることもありますが、メーカーは選べないので肌に合うメーカーのものをいつも多めにストックを。赤ちゃんは自分で避難することができません。安全な住環境づくりが命を守ります。

幼児から小学校低学年くらいまでは、いつもと違う状況を理解しつつ、いつもと同じことができないストレスも感じます。テレビやタブレットが視聴できない。いつもの遊びができないことにイライラします。暇が一番の敵です。公園なども給水所になってしまい思うように遊べません。タブレットなどを充電できるようにモバイルバッテリーの準備はしっかり目に。折り紙や風船、お絵描きセットなどアナログの遊びも備えておきましょう。
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10代の子どもたちは、思春期という人生で最も大切な時期。いろんなことをグッと我慢できる分、大人たちに迷惑をかけまいと気丈に振る舞ったり、率先して手伝ったりすることも。大人としてはとても助かる状況ですが、ちゃんと子どもらしい時間も取れるようにしてあげましょう。女の子は生理もあるので、嫌な思いをしないように家族全員分の非常用トイレの用意をしてください。
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いつもの布団で寝られる幸せを守るために、今の私たちができること。本作を通じて「在宅避難」のリアルを知ることは、未来の自分を助ける大きな力になるはずです。15年という月日を経て、今あらためて、あなたとあなたの大切な人のための「防災」を、この本と一緒に見つめ直してみませんか。
取材・文=山上由利子
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