
「わたしはそんなに危ない親ですか」
民生委員のカヨコが赤ちゃん訪問で出会ったのは、18歳の母・アカネ。頼れる人がいない土地で、ひとり孤独に子育てに向き合うその姿に、カヨコは胸を締めつけられます。なぜなら彼女の姿が、小学5年生の夏に突然いなくなってしまった親友と重なったから…。
家族にも友人にも頼れない中で孤立していく母と子、そして「関わること」「支援すること」の難しさと希望を描いたセミフィクションコミックエッセイ『その叫びは聞こえていたのに 消えた母子をめぐる物語』。主任児童委員として地域の児童福祉に関わってきた著者のきむらかずよさんに、登場人物の背景についてお話を伺いました。
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『その叫びは聞こえていたのに 消えた母子をめぐる物語』あらすじ


地域の民生委員として活動するカヨコが、赤ちゃん訪問で訪ねた先にいたのは、18歳でひとり子育てをしている若い母親でした。夫にも親にも頼れない状況で懸命に子どもと向き合う姿が、カヨコの心に強く残ります。


子育て支援センターで「子育て広場」の活動をしているカヨコは、「あの若いお母さん、来てくれるだろうか」と、彼女のことが気がかりでなりません。しかし、先輩の民生委員から返ってきたのは、「本当に支援が必要なママほど、こういう場所には来ないからね…」という現実的な言葉でした。
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ふと、カヨコの脳裏に浮かぶのは、子どもの頃の親友・ナルミのこと。ナルミは複雑な家庭環境にあり、ある日突然まるで夜逃げするように姿を消してしまったのでした。そんなナルミを思い出させるあの若い母親の面影に、「もう一度会えたら」と、心の中で願ってしまいます。


そんな思いが通じたかのように、ある日、あの気になっていた若い母親が、満面の笑顔で子育て広場に現れます。彼女の名前はアカネ。折り紙講座を楽しみながら、自身のつらかった子ども時代の経験を、驚くほど明るく語ってくれました。


けれどその一方で、会場の隅では、「何あの子いくつ…?10代…?」「子どもが子どもを育ててるみたいなもんだよねえ」と、ひそひそと囁く声も聞こえてきます。その光景を目の当たりにし、カヨコの胸には、言葉にできない苦々しさが広がっていきました。どうにかして、このアカネの力になりたい。そんな思いが、カヨコの中で確かに芽生え始めます。
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カヨコはアカネの話を聞いたり、時には赤ちゃんを預かったりしながら、彼女を支えていました。



しかしそんな中、近所の人からの通報で、児童相談所の職員がアカネの赤ちゃんを保護してしまいました。我が子と引き離されたアカネは、カヨコの通報だと思いこんで心を閉ざしてしまい…。
主人公を突き動かすのは長年抱えた心の傷と「誰かを助け、支えたい」という思い

――子どもの頃の心残りをずっと抱えながら民生委員をしている主人公のカヨコ。彼女の内面にあるもの、そして民生委員をしている理由についてお聞かせください。
きむらかずよさん:幼い頃、大切な友達が突然いなくなり、何もできなかった喪失感を、カヨコはずっと抱え続けているのだと思います。そしてその心の傷を埋めるように、今度は「誰かを助け、支えたい」という思いが、彼女を動かしているのではないでしょうか。
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少し余談になりますが、実は私自身も、アカネとはまた違った形ではありますが、子育ての中で支援を必要としていた母親でした。その過程で、さまざまな支援団体の方々と出会い、たくさん助けていただいたんです。そうした方々を見ていて感じたのは、支援やボランティアに関わっている人の多くが、自分自身もつらい経験をしてきたということでした。だからこそ、「自分が助けられた分、今度は誰かの力になりたい」「同じように苦しんでいる人を救いたい」と思われる方が多いのではないかと思います。私も、そのひとりです。

カヨコもまた、あのときは何もできなかったけれど、だからこそ今度は自分が誰かの力になりたいと願っている。民生委員として地域に関わり、誰かの役に立つことで、自分自身も満たされ、救われている部分があるのではないでしょうか。誰かから「ありがとう」と言われることで、カヨコ自身の心も、少しずつ癒やされている。そんなふうに感じています。
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――18歳でワンオペ育児をしているアカネ。一見明るい性格だけれど、人との距離感がわからなかったり、部屋の片付けができなかったりと、どこか危うさを感じさせます。このアカネというキャラクターはどのようにして生まれたのでしょうか?

きむらかずよさん:アカネの原型になっているのは、私が高校生の頃に出会った同級生たちです。性格はとても純粋なのに、人との距離感がうまくつかめず、思わぬトラブルを招いてしまったり、自分を安売りするような選択をしてしまったり…。不器用にしか生きられない友達が、身近に何人かいました。その子たちもまた、共通して複雑な家庭環境を抱えていたんです。
言葉に詰まるような背景を持っているのに、本人は驚くほど明るくて、普通なら笑えないような事情さえ、あっけらかんと話す。でもその一方で、友達との距離を詰めすぎて弾かれてしまい、さらに孤独を深めていく。そんな姿が、とても印象に残っています。本当に純粋で、愛おしい少女たちでした。
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アカネという人物像を形づくるにあたっては、そうした記憶に加えて、「愛着障害」に関する書籍もいくつか読み込みました。その積み重ねの中で、明るさと危うさを併せ持つアカネの性格が、少しずつ立ち上がっていったのだと思います。
地域の「主任児童委員」としての活動が作品作りのベースに

――きむらさんご自身は、民生委員の中でも子育て分野を専門とする「主任児童委員」として活動をされているそうですね。実際にはどのような取り組みをされているのでしょうか。また、この作品にはどのような影響がありましたか?
きむらかずよさん:未就園児のお子さんとお母さんを対象にした、「居場所づくり」の活動を行っています。具体的には、専門分野で活躍されているプロの方や、何か得意なことを持つ地域の方を講師としてお招きし、お母さん向けの講座を開いたりしています。また、日々の子育てから少しだけ離れて、ほっと一息つけるような場を、ほかの委員さんたちと一緒に企画・運営することも大切な活動のひとつです。
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そうした現場に立っているからこそ、作品の中で描けたことも多くありました。たとえば、カヨコがアカネとの「距離感」に悩む場面や、「これは本当に本人のためになる支援なのだろうか」と自問する気持ち。これらは、実際に委員として活動する中で、私自身が何度も感じてきた思いでもあります。支援に関わる人であれば、おそらく誰もが一度は直面する葛藤ではないでしょうか。
支援の場に来ない人の「行きたくないのではなく、行けない」という現実
――作品を執筆するにあたって地域の民生委員の方々にも取材をされたそうですね。
きむらかずよさん:はい。取材の中で、ある民生委員の方が語ってくださった「子育てひろばに来れる人は、“幸せな人”。それさえも繋がれない人がいる」という言葉が、今も強く心に残っています。
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作中の第2話で、カヨコと委員さんが交わす「本当に支援が必要なママほどこういう場所には来ない」というセリフは、まさにその言葉から生まれています。私自身も、かつてはそういう母親でしたから、その感覚は痛いほど分かります。「行きたくない」のではなく、「行けない」のです。
また、「子ども食堂」に関わっている方が、「本当に支援が必要な人ほど、なかなか足を運んでもらえない」と話されていたのも印象的でした。支援の場は確かに存在しているのに、そこにたどり着けない人がいる。その現実を、作品を通してきちんと描きたいと思いました。
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きむらさん自身の子育て経験や、地域での支援活動の中で見てきた現実が、物語に確かな説得力と温度を与えている本作。読み進めるうちに、誰かを責める視点ではなく、「どうしたら、もう少しやさしく寄り添えるだろう」と考えさせられるはずです。
取材・文=宇都宮薫
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