
小5の夏、親友はある日突然、母親と姿を消しました……。
地域の民生委員として活動するカヨコが、赤ちゃん訪問で出会ったのは、18歳という若さで母になったアカネでした。親戚も友達もいない土地で、初めての子育てに懸命に向き合うその姿は、どこか心細く映ります。カヨコの胸に浮かんだのは、小学5年生の夏、母親とともに突然姿を消してしまった親友の記憶。「何か力になれないだろうか」そんな思いが、カヨコを突き動かしていきます。
孤立しやすい現代社会の中で、行き場を失いかけた母と子を、葛藤しながらも見つめ続けるセミフィクションコミックエッセイ『その叫びは聞こえていたのに 消えた母子をめぐる物語』。著者のきむらかずよさんに、作品を描いたきっかけや、その背景にある思いについてお話を伺いました。
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『その叫びは聞こえていたのに 消えた母子をめぐる物語』あらすじ



子どもの頃、友達のナルミから「2人だけの秘密」として、そっと打ち明けられた言葉。
「ナルミな、3歳の時お母さんと家から逃げてきてん」。


周囲から少し浮いていた者同士だったカヨコとナルミは、不思議と気が合い、いつも一緒に過ごす大の仲良しでした。重たい秘密を抱えながらも、子どもらしい時間を分かち合っていた2人。


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しかし小学5年生のある日、ナルミは何の前触れもなく姿を消してしまいます。玄関に残された自転車や傘、学校で使っていたピアニカや絵の具、それらすべてが、まるで突然時間が止まったかのように置き去りにされていました。




それから20年。あのときの喪失感を心のどこかに抱えながらも、カヨコは地域の民生委員として、明るく活動する日々を送っています。そんなある日、赤ちゃん訪問で訪ねた家にいたのは、ナルミがそのまま大人になったかのような若い母親でした。
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18歳で、ひとりで子育てをしている彼女。腕には気になる怪我の跡があり、どうやら夫や実家にも頼れない状況のようです。過去の記憶と現在が重なり合う中で、その若い母親の存在は、民生委員であるカヨコの心に、強く引っかかっていきます。ずっと心にこびりついていた苦い思い出と向き合う物語が、静かに動き出します……。

伝えたかったのは「子育ては、決してひとりで抱え込むものではない」という思い

――まずはこの作品を描いたきっかけから教えてください。
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きむらかずよさん:きっかけのひとつは、ノンフィクション作家・石井光太さんの著書『育てられない母親たち』を読んだことでした。そこに描かれていた「子どもを育てられない」少女たちの背景が、あまりにも過酷で衝撃的で…。読後、強く胸を揺さぶられ、「私もこのテーマで物語を描いてみたい」と思うようになりました。
実は私自身、約4年間、地域で子ども支援を担う「主任児童委員」を務めていて、その経験が作品の大きな土台になっています。さまざまなお母さんたちと向き合う中で、何度も感じたのは「子育ては、決してひとりで抱え込むものではない」ということ。その思いを、どうしても作品の中に込めたかったんです。
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また、虐待事件が起きるたびに、母親だけが一方的にネットで責められる風潮にも、以前から違和感を覚えていました。ニュースを見るたびに、「この出来事の裏には、どんな事情や孤独があったのだろう」と考えずにはいられなかったんです。
思い出すのは「人と人との距離が近く、地域全体で子育てをしている風景」

――この作品を描くにあたって、編集さんと一緒に、きむらさんご自身の生い立ちを掘り下げたそうですね。
そうなんです。主人公のカヨコが生まれ育った街は、私が子どもの頃に一時的に暮らしていた街がモデルになっています。今ではすっかり近代的に変わり、当時の面影はほとんど残っていませんが、私が住んでいた頃は、まだ発展途上といった雰囲気の街でした。
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そこには本当にさまざまな人生、さまざまな背景を持つ個性豊かな家族が暮らしていて、人と人との距離がとても近かったんです。よその子どもも自分の子どもと同じように見守り、地域全体で子育てをしている、そんな空気が自然とありました。母は後になって、「あの街は、母親にとってとても子育てしやすい場所だった。地域のみんなが母親に優しかった」と話してくれました。

私には、怖い大人ばっかりだったというイメージしかありませんでした。ただ、今振り返ると、あちこちの家を行き来しながら、いろいろな家庭のあり方を目にし、お金に余裕のある大人もいれば、今日を生きることで精一杯な大人もいる。そんな多様な背景に触れられたことは、かけがえのない経験だったと思います。
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現代では、隣にどんな人が住んでいるのかさえ分からない環境で子育てをしている方も多いですよね。そうした地域で暮らしていると、カヨコのように世話焼きで踏み込んでくる存在は、理解しづらく感じられるかもしれません。だからこそ、民生委員であるカヨコをリアルに描くためには、彼女がどんな場所で育ち、どんな価値観を身につけてきたのか、その背景を丁寧に作り込む必要がありました。自分自身の記憶にある街のエピソードを重ねたのは、そのためなんです。
主人公の小学生時代と現在を行き来する物語

――カヨコの小学生時代と現在が交差するような形で進んでいく構成に引き込まれました。
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きむらかずよさん:この構成は、編集さんからいただいた提案がきっかけでした。人は誰でも、それぞれにこれまで生きてきた時間や環境があり、その積み重ねが今の自分を形づくっています。過去と現在は切り離せるものではなく、複雑に絡み合いながら続いているもの。カヨコの小学生時代と現在を行き来する形にすることで、彼女がどんな経験を重ね、どんな思いを抱えながら今を生きているのかを、より立体的に描き、物語にいっそうの深みを生み出したいと考えました。
――きむらさんが、特に気に入っているシーンを教えてください。
きむらかずよさん:やはり、カヨコとナルミの子ども時代を描いたシーンですね。当時暮らしていた、あの街の空気を思い出しながら描く作業そのものが、楽しかったです。社会のルールを守らなかったり、いたずらをしたりすると、容赦なく叱る大人たちは本当に怖かったです。でもその分、ひとりひとりがとても個性的で、人間味にあふれていました。今のようにおしゃれなものや便利なものが揃っていたわけではありませんが、不思議と、とても豊かで温かい場所だったと感じています。
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子どもたちも、それぞれに複雑な家庭の背景を抱えながら、それでもたくましく、驚くほど明るく生きていました。そんな記憶を懐かしく思い出しながら、自分自身も癒やされるような気持ちで描いていたシーンです。
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子育てを「家庭の中だけのこと」にしないために、周囲の大人ができることは何か。物語を読み終えたあと、少しだけ視野が広がり、身近な人に目を向けたくなる。『その叫びは聞こえていたのに 消えた母子をめぐる物語』は、そんなきっかけを与えてくれる作品です。
取材・文=宇都宮薫
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